寝る前、電気を消して、
天井を見つめながら考える夜がある。
「明日もまた、生きなきゃいけないんだよな」って。
何か特別な不幸があったわけじゃない。
命の危機に直面したわけでもない。
でも、毎日が重たい。
ただ、何もかもがずっと、重たい。
朝起きて、顔を洗って、職場や学校に行って、
周りに合わせて笑って、
言いたいことを飲み込んで、
家に帰って、ひとりで寝る。
その繰り返し。
誰かにひどいことをされたわけでもない。
でも、自分の中だけでどんどん壊れていく感覚がある。
「死にたい」とまでは言えない。
でも、「生きたい」とも思えない。
そんな曖昧な思いの中で、
気づけば呼吸が浅くなってること、ない?
誰かに助けてほしいのに、
誰にも言えない。
心配されたくないけど、
気づいてほしい。
その矛盾が、また自分を責める材料になっていく。
「こんなことでつらいなんて、甘えてるだけ」
「もっと苦しんでる人はたくさんいる」
「どうせ誰にも理解されない」
「生きてても意味なんてない」
…そんな言葉が、夜になると頭の中をグルグル回る。
でも、じゃあ“死ぬ”って選択肢が本当に現実味を帯びたとき、
急に恐怖が押し寄せてくる。
「死ぬのは怖い」
「本当に終わっちゃうんだ」
「痛いのはいやだ」
「誰にも見つからずに死ぬのは怖い」
「誰か、止めてくれるかな」
そのとき、自分がどれだけ“生きること”に未練があるかに気づく。
「生きていたい」のか、
「死にたくない」のか、
自分でもわからなくなる。
でも一つだけわかってるのは、
“今のままの人生を、このままずっと続けていくのは無理だ”ってこと。
死ぬ勇気も、生き抜く力も、持ち合わせてない。
だから、いつも中途半端なところで足踏みしてる。
苦しいのに、何も変えられない。
「何かきっかけがあれば変わるかも」って思ってるけど、
その“きっかけ”すらもう期待できなくなってる。
本当は、誰かに「もう大丈夫だよ」って言ってほしい。
「あなたが生きててよかった」って、
たった一言でいいから、本気でそう思ってくれる人に出会いたい。
でも、そういう人って、いつどこにいるの?
そもそも、この先にそんな日が来るの?
ずっとひとりで考えてる。
死ぬことの恐怖と、生きることの苦しさの狭間で。
何も感じなくなるくらい、疲れ果てたら楽になれるんだろうか。
それとも、そこまで感じなくなったら、本当に終わっちゃうのかな。
そんなギリギリのところで、
“今夜もなんとか息をしている”ということだけが、
自分の唯一の事実になっている。
人に相談するのも怖い。
「重い」と思われたくない。
「大丈夫?」って言われるのも、
そのあと何も変わらないことも、もう知ってる。
だから、ずっと黙ってる。
でも、もしあなたも、今、同じように感じてるのなら。
私たちはもう、ひとりじゃない。
この気持ちは、誰かと共有するだけで、
ほんの少しだけ、心が軽くなることがある。
私はまだ、“生きたい理由”を見つけられてないけど、
“死にたくない理由”なら、ほんの少しずつ集めてる途中。
誰かの笑顔でもいい。
コンビニのプリンでもいい。
ふと聴いた音楽の歌詞でも、
ただ、空が綺麗だったってことでもいい。
そんな小さなものを、心のポケットにしまいながら、
今日もなんとか生きてる。
それでいいんじゃないかって、思える日が、
いつか来るかもしれないから。
これを読んでくれたあなたへ
あなたが今、どれほど苦しくて、
誰にも言えないまま日々を過ごしているか、
その重みを、私は想像しています。
死ぬことが怖いのに、
生きることも怖くて、
どちらにも逃げ場がないとき——
どうか、せめて“ここ”だけは、あなたがいていい場所であってほしい。
無理に前を向かなくていい。
笑おうとしなくていい。
ただ、生きてるだけで、ほんとうによく頑張ってる。
誰かにわかってほしいって思うのは、甘えなんかじゃない。
あなたが「人として生きようとしてる証拠」です。
あなたの存在には、まだ見えてない意味がある。
そして、ここに届いたあなたの命は、
もうそれだけで、大切なんです。